極める漢文1

70 〈現代語訳〉 濠梁の南楚材という人は、旅に出て陳穎の地にいた。長い時間が経ち、陳穎の長官は彼の礼儀にかなった態度 を気に入って、娘を妻にやろうと思った。南楚材は家に妻がいたが、陳穎の長官から特別に目をかけられていた ので、妻に対する道義には思いもやらず、すぐにその申し出を許諾した。家僕者に命じ、琴や書などを取りに 帰らせ、妻とよりを戻そうという心はないかのようであった。(その様子を見て)ある人は、青城の寺院に道術 を求め、衡岳の僧侶に仏の教えを訪ねるなど、名声のある大完とは親しく交わらず、俗世を離れてひたすら修行 に専念しているのだと思った。

昔は妻が夫を捨てたが、今は夫が妻捨てようとする。もしも妻が絵画の腕をふるわなかったら、夫の部屋で ひとりぼっちでいることになっただろうと。薛媛が自分の容姿描いた画ともに送った律詩にはこうあった。 絵筆をとって自分の容姿を描こうと思い、まず鏡を手にした。 何より沈み込んだ表情顔に驚いたが、しだいに髪の毛が衰えて抜け落ちていることにも気づいた。 涙にうるんだ眼を描くことはたやすいが、憂いの心描き出すのは難しい。 あなたが私のことをすっかり忘れてしまうのが心配だ、たまに私の画を広げて見て下さい。

南楚材の妻である薛媛は書画才があり、文章を書くことにも秀でていた。南楚材が貧しいころに苦労をとも にした自分の気持ちをかえりみず、別の女性と結婚しようとしていと観念し、鏡に向かって自分容姿を描き、 律詩とともに南楚材のもとに送った。 南楚材は妻の自画像と律詩を受け取って恥ずかしくなり、すぐに雋不疑と同じように縁談を辞退した。こうし て二人の夫婦は仲睦まじく老後を送った。人々の間ではこう言われた

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