極める古文1 基礎・必修編

82 ぬには劣りたることなり。歌詠むともがらの、 中に、たいしたことのない歌が書かれましたならば、長く後世 までも、不名誉な名を残すことになりましょう」どとたい そう辞退なさったが、 殿は 、「とんでもないことだ。他の人の 歌はなくてもよいだろう。 しかしあなたの 歌がなければ、全く 色紙形を書ことができないことである」などと真剣に責め申 し上げなさると、 公任は 、「本当に困りました。今回はどなた すぐれたらん中に、はかばかしからぬ歌書か れたらむ、長き名に候ふべし」とやうに、い みじく逃れ申し給へど、殿、「あるべきこと にもあらず。異人の歌なくてもありなむ御 歌なくは、大方、色紙形を書まじきことな り」などまめやかに責め申させ給へば、大納 言、「いみじく候ふわざかな。此度は、誰も え詠みえぬたびに侍るめり。中にも、永任を こそ、さりともと、思ひ給へつるに、『岸の やなぎ』といふことを詠みたれば、いとこと やうなることなりかし。これらだにかく詠み そこなへば、公任はえ詠み侍らぬもことわり も上手に歌を詠むことができないようですね。中でも永任なら ばよい歌をと思っておりましたが、『岸のやなぎ』などと詠ん でいては、本当に変ですね。このような人でさえも詠み損なう のですから、 私が 詠むことができませんのも当然ですので、ど うかお許しください」などと、さまざまに逃れさるが、 殿は きびしく責めになるので、 公任は たいそう思い悩んで、懐か ら陸奥紙に書いた歌をさし出しなさると、 道長は 紙を広げて置

陸奥紙に書きてたてまつり給へばひろげて 前に置かせ給ふに、帥殿よりはじめて、そこ

なれば、許したぶべきなり」と、さまざまに 逃れ申し給へど、殿あやにくに責めさせ給へ ば、大納言いみじく思ひわづらひて、懐より、

きなさったところ、帥殿はじめ大勢の上達部や殿上人たちが 期待していたので、「そうはいっても、こ大納言はつまらな い歌をお詠みになるまい」と思っているとさっと 帥殿が 読み 上げなさる、 むらさきの…=紫の雲かと見えるほど美しく咲いている藤

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