みんゴロ古文読解

20 の次に成立した。『土佐日記』が男性の紀貫之によっ て書かれたものなので、藤原道綱母書いたこの『蜻 蛉日記』が、女性書いた最初の日記ということにな る。  内容としては、951年からの約 年間の夫との結 婚生活を回想したものだが、なにせ 夫が摂政・関白・ 太政大臣となって権勢をふるった 藤 ふじ 原 わらの 兼 かね 家 いえ という大 物だけに、日記の内容もなかなかに濃い。 藤原兼家といえば、子供にかの有名な藤原道隆・道 長がいる(詳しくは『大鏡』のP 参照)。この二人 は後に骨肉の権力争いを演じるのだが、いずれせよ 優秀な息子たちといえる。だがその二人はこの藤原 138 14 ゴロゴプレミアム講義 。日記文学としては前回の『土佐日記』 『 蜻 蛉 日 記 時代中期の日記 かげ ろう にっ き 』は 藤 ふじ 原 わらの つなの 道 綱 母 みち はは によって書かれた平安

第二部

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106 しみにし、溺愛す日々もあった。今回取り上げた 場面でも、二人の夫婦ゲンカがどんなものであったか がよくわかる。 古文文法・虎の巻では取り上げなかったが、前講 (P )で学習した 「こそ~已然形、……(下に続く)」 =逆接 という重要文法が文中にあるので、必ずチェッ クしておこう。

にとって、残りの十数年間は、ただひたすら苦悩と嫉 妬で胸焦がれる時代であり、また息子道綱の成長を楽

も多々あったみたいだが︱ともかくも兼家と道綱母と の間の愛情は、ほんの数年しか続かなかった。道綱母

道綱母の子供ではない。つまり、兼家と別の妻との間 の子供なのだ。それに対して、兼家と藤原道綱母との 間の子供「道綱」は、ごくごく平凡な息子で、甘えた マザコン息子に過ぎない。 となれば、父兼家の愛情も優秀な別の息子たちに 行って当然︱もちろんそれ以外の原因(もちろん浮気)

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