語彙・テーマ

解説 理解し合えない「他者」の視点から自らの思想を築き上げたのが、例文で筆者が取り上げているユダヤ人の思想 家エマニュエル・レヴィナスです。レヴィナスは、第二次世界大戦中に故郷にいる親族がナチスによって殺され、 従軍して捕虜となっていた自分だけが生き残るという経験をしています。その死者への負い目が、他者に対する倫 理性の探究へと向かわせました。 レヴィナスは、他者は自己とは絶対的に異なる〈顔〉として立ち現れ、暴力の恐怖に怯えるその〈顔〉は、「汝 殺すなかれ」と呼びかけてくると説きました。 「汝殺すなかれ」は、ユダヤ教において律法(神からの命令)の根 幹とされるモーセの 十 じっ 戒 かい にある言葉です。親族をはじめとして多くのユダヤ人は、 ナチスの憲兵に対して怯える〈顔〉 でそう訴えながら、虐殺されていったに違ありません。 このような極限状況を経験した者にとっては、「分かり合える他者」などというのは絵に描いた餅にすぎないで しょう。自己と他者とは絶対的に異なるのです。〈顔〉はそうした相手にさし向 けられます。 その人は誰にも答えてもらえず、

存在そのものが否定されてしまうかもしれません。その意味で、例文筆者が言うように 「私が他者に対して責 任ある者」となります。 しかし、 誰にも答えてもらえない可能性のある呼びかけに答えることは、私が他の誰でもない私であることを証 し立てることにもなります 「私こそがその他者のために存在する」こと、言い換えれば、他者の存在に対し て「責 任」を持つことにおいてこそ、「私は誰とも置き換えられない私だ」と言える、つまり、アイデンティティを確立 しうるのです。

「汝殺すなかれ」呼びかけてくる〈顔〉に対して、あなたが応答をしなければ、

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