極める古文3 中堅~上位大突破編

持院のあと わがすめるかた 思ふに、胸つとふたが (中略)四谷より新宿とい りゆきてなにがしの村につきぬ 懇 ねもご ろにものして「おのれが命のあらん やしなひまゐらすることいとやすきこ ずしもうれへ給ふな」など言ふに、少しは心 ゐぬ。奥まりたる方に離れたる家あり。 二つあはせたらんほどして、 西おもてに建てたり。 冬はさも れ、夏のころはさこそ暑からめと思ひ はからる。東は寺にて松杉あまた生ひて竹の林こ ちたく繁り、北の方はいちぐらやうのものありて うしろは ずみてやすらふ

忘れ給へかし」など言ふ。げに林に落ちたるまし らは木を選ぶのいとまなしとかや なばこと足りぬべしとて、畳・

畠 はたけ なり。 「ここにすませ給ひて憂きをも

。かしこにこそわが

膝 ひざ をだに入れ 筵 むしろ やうのもの求め

主 あるじ かひがひしく

しばしたた

維 ゆ い ま 摩 の 庵 いほり

育 はごく み

がな とかいう様子だ。膝さえ入れば十分だろうという ので、畳や筵のよ なものを求め敷いて、粗末な庵の主

こにお住みになって嫌なことをもお忘れになってくださ い」などと言う。本当に林 落ちた猿は木を選ぶのに暇

あとを通り でいた方角がよ たたずむ。あの辺り に胸がつまって悲しくて ら新宿というところを越えて に着いた。主は頼もしく親切に迎 る限りは、お世話申し上げることはた とでございます。必ずしもお嘆きなさいま 言うので、少しは気持ちが落ち着いた。奥まっ に離れがある。維摩居士が住んでいたという庵を二 わせたぐらいで、西向きに建っている。冬はともかく、 夏のころはさぞかし暑かろうと思いやられる。東は寺で

松や杉 木が くさん生えて竹林もおびただしく生い茂 り、 北の方には蔵のようなものがあり後ろは畑である。 「こ

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