みんゴロ古文出典

113 その後、備前に着きしたよりもなく、日数ふりて、十一月二十六日の夜降りし大雪に、 筧 かけひ 汲むべき道もなければ、まだ人顔の見えぬ 暁 あかつき に、丈山、竹 箒 ばうき を手づからに、 心はあり て 心なく も、白雪に跡をつけて、踏み石の見ゆるまでと思ふ 折ふし 、 外 そとも 面 の笹戸をおとづれし、 嵐の松かなど聞き耳立つるに、まさしく人声すれば、あけわたる今、小栗何がしたづねきたるに、 そのさま破れ紙子ひとつまえ、門に入るより 編 あ み 笠 がさ ぬぎて、たがひの無事を語りあひ、 しばらくありて、「このたびは寒空に、何としてのぼり給ふぞ」と言へば、「そなたは忘れ給ふか。 霜月二十七日の一飯食べに まかり し」。「それよそれよ」と、にはかに木の葉たきつけ、 柚 ゆ 味 み 噌 そ ばかりの 膳 ぜん を 出 い だせば、食ひしまうて、その箸も下に 置きあへず 、 「また春までは備前に居て、西行が詠め残せし、瀬戸のあけぼの、 唐 から 琴 こと の夕暮、 昼寝も京よりはこころよし」とて、取りいそぎてくだりぬ。 そ の 後、 備 前 岡 山 に 着 い た 便 り も な く 日 が た っ て、 十 一 月 二 十 六 日 の 夜 降 っ た 大 雪 の た め に、 筧の水を汲みに行くも消えたので、まだ人が表に出ない夜明け前に、丈山は竹箒を自ら手にし、 雪景色を楽しむ心を持ち ながら、 その 風流心を押さえ て、雪を払いのけ、踏み石が見えるまで掃いておこうと思う ちょうどその時 、外の笹戸を叩く音がし、 松風かなどと耳をすませると、まさしく人の声がするので、戸をすっかり開けてみると、小栗某が訪ねてきたのであって、 彼 は 粗 末 な 紙 の 衣 服 一 枚 を 着 て、 門 に 入 る や い な や 編 み 笠 を 脱 い で、 互 い に 無 事 を 語 り 合 い、 しばらくして、「今度は、この寒さの中をどうして京に上っておいでなのか」と言うと、「あなたはお忘れになったのか。 十一月二十七日の約束の食事をいただきに 参っ たのです」。「そうだ、そうだ」と、急いで木の葉を焚きつけ、 柚 味 噌 だ け の 膳 を 出 す と、 食 べ 終 わ っ て、 そ の 箸 を 下 に 置 く か 置 か な い う ち に 、 「 ま た 春 ま で は 備 前 に い て、 西 行 が 眺 め 残 し た 瀬 戸 の 夜 明 け、 唐 琴 の 夕 暮 れ を 見 る つ も り で す、 昼寝も京よりは心地よい」と言っ て、急いで下っていっ た。

11 20 第 位 ~ 第 位

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