みんゴロ古文出典

易   難 入試 出題箇所を チェック ! 鴨長明の作品中では読 みやすいが、テーマと 時代背景、そして文学 史に注意。 おほかたこの所に住みはじめし時は、 あからさま と思ひしかども、今すでに五年を あまた聞ゆ。ましてその 数ならぬ たぐひ、尽してこれを知るべからず。 たびたびの炎上にほろびたる家またいくそばくぞ。ただ仮の庵のみのどけくしておそれなし。 (中 略) すべて世の人の 栖 すみか を作る ならひ 、必ずしも身のためにせず。あるいは妻子 眷 けん 属 ぞく のために 作り、あるいは 親 しん 昵 ぢつ 朋友のために作る。あるいは主君師匠および財宝牛馬のためにさへ これを作る。われ今身のために む ※ すべり 。人のために作らず。 ゆゑ いかんとなれば、 『 方 ほう 丈 じょう 記 き 』 甲南大学 まったくのところ、この場所に住み始めた時は 少しばかりの間 と思ったけれども、もうすでに五年を 過ごした。仮の庵もだんだんに 住みなれた場所 となって、軒に朽葉が深く積もり、土台には苔が生えている。 たまたま 何かの ついで に都の様子を聞くと、私がこの山にこもり住んだ後、 身分の高い 人でお 亡くなり になった方も、 たくさん耳にする。まして、 ものの数にも入らない 身分の人の死んだ例は、数えあげてその数を知ることなどできないだろう。 たびたびの火災で焼け滅んだ家の数は、もうどれほど多いか。ただ私の住む仮の庵だけは、平穏で何の心配もない。 一般に世間の人が住居を作るという 慣習 は、必ずしも自分のために作るのではない。ある場合は妻子や一族のために 作り、ある場合には親しんでいる人や友人のためにも作る。ある場合には主君や師匠、さらには財宝や牛馬のためにまで 建物を作る。私は今は、自分自身のためにだけ庵を作った。他人のために作ったのではない。 理由 はなぜかというと、 DATA FI LE 経 へ たり。仮の 庵 いほり もやや ふるさと となりて、軒に 朽 くちば 葉 ふかく、 土 つち 居 ゐ に 苔 こけ むせり。 おのづから ことの たより に都を聞けば、この山にこもりゐて後、 やむごとなき 人の かくれ 給へるも

144

Made with FlippingBook - Online catalogs