みんゴロ古文出典

222 大名・ 随筆家 松 まつ 平 だいら 定 さだ 信 のぶ 江戸後期 ある山里ありけり。人もいと多く住みゐて、何ともしき事なく、家々みな富み足りぬ。糸とり、 機 はた 織りて 衣 きぬ とし、みづから作りし稲・麦刈り収めて、 一 ひと 年 とせ の食とす。外に求むることなければ、その里、 年をおひて繁盛す。海も遠からねど、 四 よ も 方 に山をへだつれば、関を置きて、こと里より物あきなふことを 禁ず。 魚 いを は、月にいくたびと定めて、干したるのを買ひ来たりて、村のうち売り 販 ひさ ぎて食ふなり。 こと村へいづる者もなければ、うらやむ心もなし。こと村より、いと富めれば、ここへ魚など 持ちこしたらば、めづらしさのあまり、うちこぞりて買ひなんと思へども、その村の 掟 おきて ただしくして 破りがたし。ある浦の 長 をさ 、 としごろ 心にかけてゐけるが、かの山里のうちにも心あはする者ありければ、 それと 調 てう じあはせて、魚など売りくることをゆるされぬ。いでやとて持ちこしたるが、めづらしきうちは、 鯛 たひ よ、 鱸 すずき よと買ひにけり。またこと浦の者うち聞きて、「昔より、かの山里へ売らまほしく思へど、 ある山里があった。人も大変多く住んでいて、生活に何も不足なく、家々はみんな裕福で満ち足りていた。糸を紡ぎ、 機を織って着物として自分たちの手で作った稲や麦を刈って収めて、一年間の食料とする。山里の外に求めることがなかったので、その里は 年を追うごとに富み栄える。海も遠くはないが、四方に山を隔てているので、関所を置いて他の里との物の売買を 禁 ず る。 魚 は、 月 に 何 度 と 決 め て、 干 し た の を 買 っ て 来 て、 村 の 中 で 売 り さ ば い て 食 べ る の で あ る。 よその村へ出 者もないので、よその村をうらやむ気持ちもおこらない。よその村よりもたいそう裕福であるので、この村へ魚などを 持 っ て 来 た ら、珍 し さ の あ ま り に み な そ ろ っ て 買 う だ ろ う と 思 う が、そ の 村 の 決 ま り は 整 然 と し て い て 破るのが困難である。ある浦の漁師の指導者で、 長年 この村を気にかけていた者が、その山里の中にも心を同じくする者がいたので、 その者としめしあわせて、魚などを売りに来ることを許された。さてまあと思って魚を持って来たが、珍しいうちは、 鯛よすずきよと言って里人は買ったのであった。また別の浦の者がこのことを耳にして、「昔からその山里に魚を売りたいと思っていたが、 出題率 0.4 % 52 位 1758 ~ 1829

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