みんゴロ古文出典

読解ポイント 世阿弥(1363~1443)は室町前期の能役者・能楽論 者。同じく能役者・能楽論者であった観阿弥子。将軍足利 義満の支援を得て、観世座を隆盛に導き、猿楽を室町時代の 代表的芸能にまで高めた。 能楽論としては『 風 ふう 姿 し 花 か 伝 でん 』(別名『 花 か 伝 でん 書 しょ 』)『 花 か 鏡 きょう 』な どがある。 『風姿花伝』では能の中心に「花」「幽玄」を置き、詳しく 述べている。『花鏡』では有名な「初心忘るべからず」と いう考え方をはじめ 、経験に裏打ちされた能の奥儀 や理想とする芸や稽古について述べられている。 本文は『風姿花伝』 出題 : 南山大学

為手の花なり。さるほどに人の心に思ひも寄らぬ感を催す手だて、これ花なり。 たとへば弓矢の道の手だてにも、名将の案ばからひにて、思ひのほかなる手だてにて、強敵にも 勝つことあり。これ、負くる方のためには、珍しき 理 ことはり にばかされて、 破 やぶ らるるにてはあらずや。これ、 一切の事、諸道芸において、勝負に勝つ理なり。かやうの手だても、事 落 らつ 居 きよ して、かかる はかりこと よと 知りぬれば、その後はたやすけれども、いまだ知らざりつるゆゑに負くるなり。 (中略) さるほどにわが家の秘事とて、人に知らせぬをもて、生涯の主になる 花とす。「秘すれば花、秘せねば花なるべからず」。 為手の花なのだ。つまり人の心に予期していない感動を呼びおこすやり方が、花なのである。 た と え ば 兵 法 の 道 の 戦 術 で も、 名 将 の 計 略 に よ っ て 意 外 な 方 法 で、 強 敵 に 勝つことがある。これは負けた側としては、珍しさの道理に幻惑されて敗北したのではないか。この珍しさの道理こそ、 すべての物事や諸道・諸芸において、勝負に勝原理なのである。このような戦術もことがすんでしまって、かくかくの 計略 であったよと 知ってしまえば、その後には対策も容易であるが、まだ知らなかったために負けたのである。 そういうわけで、我が家の秘事として、内容もその存在も他人には知らせないことによって、生涯花の主となる 手段とするのだ。「秘密にするからこそ花なのであり、秘密にしないと花にはなり得ないのである」。

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