みんゴロ古文出典
173 の息子への思いなどがしたためられている。和歌は 首。 息子を唯一の読者として、自分の死後に息子に読んでもら うべく家集を編んでる。全編母性愛の記録といえる。 」の和歌の「なみだ」は「言ふかひもなき」 読解ポイント 『成尋阿闍梨母集』は平安後期に成立した成尋阿闍梨母の 日記的な家集。息子成尋は天台僧として母を残して入宋し、 : 松山大学
おはするにやとも知らず。またこの律師の、受け取りてもてあつかひ給ふも いとほしく 、 二人おはしあひたりしを、うれしくたぐひなく覚えてうれしかりしも思ひ出でられて、 ただ音のみぞ泣かるる。 律師の御房より車おこせ給ひて、「 方 かた 違 たが へよ」とてあれば まかる に、 撫 なでしこ 子 の花の はなばなと咲きたるを見て乞ふめれば、 童 わらは の、多く折りて持て来たるも、 折からにもののみあはれに、撫子のしぼみたるに、 秋深き 唐撫子は 枯れぬとも さが のこととて 嘆きしもせじ いらっしゃるであろうかもわからない。またもう一人の息子であるこの律師が、私を引き受けて世話をしなさることも 気の毒で 、 二人の息子たちが、自分の側でいっしょに世話をしてくれた時のことを、ありがたくこの上もないものと思われて、楽しかったことも自然と思い出さて、 ただだ声をたてて泣かれるばかりである。 律師の御房(=僧の住まい)から牛車を送りなさって、「方違えにこちらにいらっしゃい」ということなので、 参ります と、撫子の花が はなやかに咲いているのを見て私が欲しがっているようなので、それを察して子供が、たくさん折り取って持って来たのも、 ちょうど「撫子」というように愛する我が子と別れて、悲しみに沈んでいるその時なので、何となくしみじみと心打たれて、撫子の花がしおれたのを見て、 ○秋が深まって、唐撫子の花は枯れたとしても、季節の移り変わる 世のならわし として、嘆くこともしますまい。
そこで没した。その息子成尋が旅立つ直前から日記は始ま り、幼い日の息子の回想、旅立ってからの便りと海の彼方
★ 「
出題 と涙」の掛詞。「川」「沈み」は「涙」の縁語。 言ふかひも
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