みんゴロ古文出典
読解ポイント 問題文は『雨月物語』の中の「貧福論」の一節。精霊(= 翁)は、人が富貴を求めるのは自然の道に沿うものであ り、富貴を蔑視する考え方は偏見に過ぎないと述べてい も道理にそぐわない点があることを述べる。この問答体 は、富貴を尊重する左内の前に精霊が現れて、金の徳と 力とを説き明かす形で、同質の者同士の葛藤のない対話 が描かれている点に注目する。 も 」は終止形に接続して逆接仮定条件を
おのが徳を失ひて子孫を絶つは、 財 たから をかろんじて名を重しとする惑ひなり。 おもふに名と財と求むるに心二つある事なし。文字てふものに繋がれて、 金の徳をかろんじては、自ら清潔と唱へ、 鋤 すき を揮うて棄てたる人を 賢 さか しといふ。 さる人は賢く と ※ も 、さるわざは賢からじ。金は七の宝の最なり。かくいさぎよきものの、 いかなれば 愚 ぐ 昧 まい 貪 どんこう 醒 の人にのみ集ふべきやうなし」。 自分の人徳を失って子孫まで絶やすのは、つまりは財宝を軽んじて名誉を重いと考える迷いのせいである。 思うに、名誉を求める心と富貴を求める心の二つがあるのではない。『貧しうして楽しむ』という言葉にしばられて、 金の効用を軽んじては、自ら清廉潔白であると称し、生業富貴の道を捨て晴耕雨読の生活をする人を賢人のよう いう。 そ人は賢人 としても 、そのような態度は賢くはあるまい。黄金はあらゆる宝の中で最上位のものである。これほど清らかなものが どうして愚かで無知で貪欲残忍な人の所にだけ集まるはずがあろうか。いや、そんなはずはない」。
しく批判している。問題文の後には岡左内の意見が述べ られ、岡左内は精霊の意見に同意しながらも、左内本 意の中心は現実の矛盾を憤ることよりも、現実が必ずし 表し、「(仮に)~としても・~しても」と訳す。た だし上に形容詞がくる場合は、連用形「―く」に接 続する。ここでは「賢くとも」という形になっている。 ★接続助詞「
る。「貧しうして富む」という言葉が、学者たちも武士 たちも惑わせる原因となったと指摘し、賤富の思想を厳
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